山口県下関市
彦八TOPへ
hikoshima hachimangu
彦八TOPへ お問合せは、こちらから
ご案内
 
 
宮司プレス
宮司 柴田宣夫
宮司プレスとは…
月1回発行する季節を交えた話題・
祭典行事のご報告する季刊誌です。
最新号  
一

第百三十一
(一面)

発行 平成三十年 二月六日
◇宮司の柴田です。 今日は、旧暦の十二月二十一日、今年は、旧暦の元日よりも先に立春を迎えるという、「年内立春」です。 ちなみに、旧暦の元日以降に立春が訪れる場合を「新年立春」と呼びます。 明治五年十二月三日に、現在のグレゴリオ暦、太陽暦に改暦されたのですが、それ以前の旧暦でも、元日と立春の日付が、最大で、半月ほどずれていました。 従って、旧暦でも「年内立春」がありました。 古今和歌集の冒頭を飾る和歌で、「年内立春」と言えば必ず引用されるという有名な和歌がありますが、ご存知ですか。 平安時代の歌人で、在原業平(ありはらのなりひら)のお孫さんで、在原元方(ありはらのもとかた)が詠んだのが、
「年の内に 春は来にけり ひととせを
     こぞやと言はむ 今年とや言はむ」
というものです。 現代文に直しますと、
「年が変わらないうちに立春がきてしまったこの年を、去年というべきか、今年と言うべきか」となり、「年内立春」にとまどっている印象を受ける和歌です。 悠久(ゆうきゅう)の長い時間を越えて、古今(ここん)、あいも変わらず、珍しくとまどいがちな暦というわけであります。 立春を過ぎたとはいえ、残寒厳しく、寒さ一入(ひとしお)身にしみる昨今です。  日本の最低気温を観測したのは、いつどこだったでしょうか。 それは、明治三十五年一月二十五日の事で、場所は北海道の旭川市、気温は氷点下四十一度でした。 青森県の八甲田山で、陸軍の雪中行軍(せっちゅうこうぐん)が行われ、二百十名の参加者の内の百九十九名が遭難そうなん)し、尊い命を落とされたのも、この日であります。 一年で一番寒い時期は、やはり、今なのです。 昨年から、とうとう寒さに耐え切れず、長袖の肌着を身にまとい、襦袢(じゅばん)と白衣を重ねるようにしています。 過日、私の大学の一学年先輩の神職さんと、防寒の談義(だんぎ)に花が咲きました。 先輩は、白衣の下から、下着が見えるのは、神様に対する敬礼作法として、御奉仕の心得としてもいかがなものかと、いまだに半袖着用であるむねを承りました。 流石(さすが)先輩、仰せごもっともと思い、先輩を見習い、長袖を肘(ひじ)までまくって、見えないよう、不敬にならぬよう工夫を施(ほどこ)し、御奉仕申し上げています。 お待たせしました、宮司プレス百三十一号の発行です。 前号百三十号は、百二十九号より十日後の発行というまれに見るインターバルの短い、快挙、宮司エキスプレス、超特急の発行、着実に遅れの挽回も可能かと思いました。 しかしながら、一月に二回の発行は至難の業、月一回発行の軌道の修正の道のりは、高く険しいものがあります。 明治天皇様は、御製に、
「おほぞらに そびえてみゆる たかねにも
       登ればのぼる 道はありけり」
      と詠まれていらっしゃいます。 気を取り直して「たかね」を目指そうと決意を新たにしています。
◇さて、今年は、明治維新百五十年の節目の年とともに、今上陛下御即位三十年の佳節(かせつ)でもあります。 宮司プレス既刊号にも掲載しましたが、日本には、「パクス ヤポニカ」、ラテン語で、「穏やかな平定された日本」という意味ですが、有史以来、そのような時代が二回あったといわれています。 それは、平安時代から、後白河天皇と崇徳上皇の戦(いくさ)、保元の乱までの三百五十年間と江戸時代の二百五十年間だといわれています。 その二回目の「パクス ヤポニカ」より、新たな時代の幕明けをしたのが、明治維新であります。 日本は、これまで、五回、奇跡を起したといわれています。 一回目が、フビライハーン率いる元の国が日本に攻め込んできた、しかも二度にわたった、元寇、そして二回目が明治維新です。 東アジアの小さな島国が、欧米列強に、肩を並べようと、富国強兵でもって、作家の司馬遼太郎さんの仰った、「坂の上の雲」を目指したのです。 そして、三回目の奇跡が、日清戦争に勝利したことです。 そして、大国ロシアとの戦争、ロシアの北海道上陸を想定して行われたのが、前述の雪中行軍でありました。 四回目の奇跡が、日露戦争の勝利です。 さらには、大東亜の戦争に敗北、壊され失われた建物や鉄道といったインフラの復興、「キャッチ アップ」を成し遂げたのが戦後の復興、五回目の奇跡を起したのです。 平成を迎え、ようやく、まさに、坂の上の雲に至りました。 ところが、経済はバブル到達とともに、崩壊、失われた二十年、下り坂となったのです。 これから、六回目の奇跡を起さなければなりませんが、その道のりは、険しくも辛いものだと思います。 将来、中国が、アメリカを抜いてGDP世界第一位になるそうで、そうなった時に国際社会はどのように変化するでしょうか。 さらに、日本は、インドからもGDPで、抜かれてしまい、アジアで第三位となるそうです。 六回目の奇跡は、「さわやかな風を受けて高原をゆっくりと歩く」、優位性を保ちながら歩んでゆく、「成熟戦略」ではないかと思います。 「「ないものねだり」の「成長戦略」ではなく、物心共に豊かな「あるものさがし」の「成熟戦略」にソフトにシフトすべきではないかと考えます。 維新は革命ではなく、「伝承」と「伝統」のバランスを取り戻したシフトチェンジではなかったという気がしています。 変えてはならないものを変えずにそのまま伝えるのが、「伝承」、そして、新しいものを生み出すのが、「伝統」なのです。 神武創業に立ち返ることを理想とした政策、まさに、「伝承」、欧米列強との国際競争に勇敢果敢に挑戦し、新しい日本の姿を構築した、それこそが、「伝統」です。 その明治時代にうちたてられた「伝承」と「伝統」の見事なバランス、その「精神、こころ」を取り戻す、日本人の心の「キャッチ アップ」に、奇跡を起す原動力が秘められているような気がしてなりません。 今上陛下と共有できる時間を大切にしながら、御在位三十年を奉祝し、来る十一日の紀元二千六百七十八年の記念の日を迎えたいと思います。 ご自愛をお祈り申し上げます。
■ご覧頂くために…
 
ファイルはすべてPDF形式となっております。
Adobe Readerをお持ちでない方は、
こちらから無償でダウンロードできます。
adobe reader
ニ

第百三十一号
(二面)

発行 平成三十年 二月六日
◇一月の祭典行事報告

▼歳旦祭 *一月一日
 □本宮、田の首八幡宮、福浦金刀比羅宮  貴布禰神社

▼元始祭 *一月三日
▼阪神タイガース小野投手必勝祈願祭
 *一月三日

▼市中央倫理法人会参拝 *一月六日

▼会社安全祈願祭参拝 *一月三日〜六日

▼下関市倫理法人会参拝 *一月十日

▼六連島八幡宮初籠り *一月十一日

▼月次祭 *一月十五日

▼どんど焼き *一月十四日

▼養殖わかめ火入式 *一月二十日

▼朝粥会 *一月二十一日 

▼田の首八幡宮防災訓練 *一月二十七日

▼愛知県神社庁西尾幡豆支部正式参拝
 *一月三十日

◇一月の祭典行事報告

▼八幡宮関係団体
 ◆早起会新年会 *一月七日
 ◆田の首八幡宮新年会 *一月十三日
 ◆維蘇志会新年会 *一月十四日 

▼山口県神社庁、同下関支部関係
 ◆山口県神社総代会役員会 *一月二十三日
 ◆下関支部新年総会 *一月二十五日

▼講演活動
 ◇下関金物船具商業会講演 *一月十九日

▼教誨活動、美祢社会復帰促進センタ
  ◇集合教誨(女子) *一月二十二日
  ◇集合教誨(男子) *一月二十九日

 
■これまでの記録
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
→
 
TOPへ
 〒750-0092
 山口県下関市彦島迫町5丁目12番9号 TEL (083)266-0700 FAX (083)266-5911
Copyright(C)2007-2018 Hikoshima Hachimangu All rights reserved.