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宮司プレス
宮司 柴田宣夫
宮司プレスとは…
月1回発行する季節を交えた話題・
祭典行事のご報告する季刊誌です。
最新号  
一

第百三十四
(一面)

発行 平成三十年 五月三日
◇宮司の柴田です。 今年の境内の花の見どこころは、桜の花を筆頭(ひっとう)に例年より早く訪れているようです。 境内のいたるところに植え込まれている躑躅(つつじ)も、白や濃(こ)い紅(くれない)薄(うす)い紅など色とりどりの花を咲かせました。 藤も、御神殿(ごしんでん)東側は、鮮やかな紫(むらさき)、さらに、鳥居参道(とりいさんどう)の西側は、白と薄紫(うすむらさき)と満開です。
◇宮司プレスも、境内の折節(おりふし、季節のことです)の移ろいにあやかり、スピードアップが期待されているのですが、前号より、十一日のインターバルでの発行、通算百三十四号の発行の歴史といったら大袈裟(おおげさ)ですが、歴代四番目のスピードです。 ちなみに、三日というのが史上最速(しじょうさいそく)のインターバルです。 一月(ひとつき)お休み、休刊というのが七回ありまして、月二回発行という快挙を三回も成し遂(と)げているにもかかわらず、累積(るいせき)の阻止(そし)に至らず、現在十ヶ月遅れです。 平成二十六年の五ヶ月連続休刊というのが、その累積の大きな要因(よういん)の一つとなっています。 さらに、平成十八年六月の第一号発行から毎月発行を継続し、その連続発行が途切れたのも、平成二十六年です。 まさしく、宮司プレス発行の歴史の中で、明らかに、鬼門(きもん)、悪夢(あくむ)の年といえるでしょう。 しかしながら、翌年の平成二十七年は、「毎月発行」という軌道修正ができたのですが、平成二十八年、二十九年と継続できず、現在に至っています。 今年こそは、「毎月発行」を三年ぶりに達成し、欲を申せば、月二回発行の快挙を増やし、月三回発行の奇跡(きせき)を起し、遅れの累積を減らしたいと思っています。 宮司プレス発行の歴史を語りながら、紙面(しめん)を埋(う)めてしまいましたが、お待たせしました、宮司プレス第百三十四号の発行です。

◇さて、今日は、塩浜町に鎮座する塩釜神社の例祭です。 塩浜町の四つの自治会が、輪番で祭典の準備等のお世話をされていまして、今年は、塩浜町一丁目一区の自治会の当番です。宮司プレス三十六号に、「塩浜町は、江戸時代の中期に塩田開発が行われ、幕末まで製塩、塩が精製されていました。 塩作りの守護神として塩釜さんを勧請(かんじょう)されたのです。」と記載したのです。 ところが、後日、これは、誤記(ごき)、誤った記述(きじゅつ)であることが判明(はんめい)したのでした。 宮司プレス、さらに社報「産土」の拙(つたな)い私の執筆活動に、少なからず御期待をされ、御支援されていた方が、お名前もお告げにならず、その誤りを、御丁重(ごていちょう)なるお手紙で、御指摘くださったのです。 「一氏子」よりと認(したた)められていました。 明治四十二年四月二十日に発行された「彦嶌(ひこしま)土産」より抜粋(ばっすい)されたものを御教示(ごきょうじ)くださったのです。 小林一茶(こばやし いっさ)の俳句に、「うたたねに 叱りてのなき 寒さかな」        とあります。 「そんなところで寝ていたら風邪ひくよ」と、声をかけてくれる、気遣(きづか)ってくれる、家族のいない寂しさを表しています。 ぬくもりのあるお気遣(きづか)い、お諌(いさ)めに感謝しながら、わが身の未熟(みじゅく)さに、恥じ入るばかりです。 御指摘されてから後の塩釜祭の祝詞(のりと)は、過失訂正(かしつていせい)をさせて頂き今日に至っていますが、このことを、一度は明文化(めいぶんか)しなければと思っていましたので、正しい塩浜町の塩田の歴史を述べたいと思います。

◇江戸時代中期(一、七六八年頃)に塩田が開かれ、製塩業が推(お)し進(すす)められたのですが、明治四十四年の国の政策である「第一次製塩業整理」により廃業されています。  およそ、百四十年の歴史があるわけです。 最盛期(さいせいき)は、「高田式大釜」を据(す)えて、一釜あたり二百斤(にひゃくきん、約十二キロ)の塩を産出、一昼夜(いっちゅうや)に十基の大釜を据えて製塩されていました。 一釜あたりに、二十三振(にじゅうさんふり、三百六十八貫、約一、三八トン)の石炭が、必要でした。 製塩業に従事する労働者を浜子(はまこ)と呼んだそうですが、広島の人が多かったそうで、釜焚(かまた)きを含めて十人、夏季は四人増やして十四人で作業していたようです。 その塩田、製塩業の守護神(しゅごしん)として、塩釜神社が勧請(かんじょう)され、現在は、塩浜町民館の敷地にお遷(うつ)し、お祀(まつ)りされています。 宮司プレス百三十二号、先々月号に、「民族滅亡の三つの原則」を記述しましたが、その一つに、「歴史を忘れた民族」というのがあります。 この塩浜の製塩業の歴史を忘れず、後世(こうせい)に伝えてゆくことも大切な使命でもあります。
◇「米塩の資(べいえんのし)」、これは、何のことでしょうか。 じつは、生活費、生計費のことであります。 私共の生活に欠かせないのが、お米とお塩なのです。 家庭料理にも欠かせないのも「塩」であります。 正岡子規(まさおか しき)さんは、「病床六尺(びょうしょうろくしゃく)」で、「先づ食事に一家の者が集まる。 食事をしながら雑談する。 食事を終へる。 また雑談する。 これだけの事ができれば家庭は何時(いつ)でも平和に、何処(どこ)までも愉快(ゆかい)であるのである」と述べられています。 三十五年の短い生涯を終えられる二ヶ月前の文章です。 現代の家庭を顧みますと、孤食(こしょく、一人で食事をする)、個食(こしょく、それぞれ好きなものを食べる)、子食(こしょく、子どもだけの食事)など、食育の重要性が叫ばれています。 五月は、連休や母の日もありますし、家族での食事のひとときを大切にすごしたいものです。 正岡子規さんのおっしゃった、何時までも平和に、何処までも愉快な御家庭、日常でありますように。
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ニ

第百三十四
(二面)

発行 平成三十年 五月三日
◇四月の祭典行事報告、予定事項
▼月次祭 *四月一日、十五日
▼貴布禰神社月次祭 *四月一日
▼六連島荒神社例祭 *四月九日
▼竹の子島金刀比羅宮例祭 *四月八日
▼舟島祭 ※舟島神社例祭、佐々木小次郎剣客祭 雨天並びに海の荒天のため、彦島八幡宮にて斎行四月十四日 
▼海上安全大漁祈願祭(南風泊)*四月二十日 
▼朝粥会 *四月二十一日
▼彦島地区戦没者慰霊祭 *四月二十二日
▼昭和祭 *四月二十九日
◇四月の宮司の行事会議等活動報告
▼八幡宮関係団体  
 ◇維蘇志会総会 *四月四日  
 ◇彦島八幡宮リーグ(成年ソフトボール)リーグ戦開幕戦
  *四月八日
 ◇とこわか奉納グランドゴルフ会舟島杯 *四月二十二日 

▼山口県神社庁、同下関支部関係  
 ◇山口県敬神婦人連合会役員会    *四月五日  
 ◇山口県青年神職会明治維新百五十年祭   *四月六日  
 ◇山口県神社総代会研修会 *四月十日 

▼下関西ロータリークラブ  
 ◇夜間例会 *四月十一日(当宮にて花見)  
 ◇例会 *四月二十五日

▼その他 
 ◇下関木鶏クラブ例会 *四月一日
 ◇迫町自治会役員会 *四月十八日
 ◇人権擁護委員会研修会 *四月二十六日
 ◇迫町自治会組合長会議 *四月二十八日

 
■これまでの記録
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